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all those years ago

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(クリックで拡大)

 ついにガルベロスもこんなHU‐KENZENなイラストを描くようになってしまったのです。といってもR-15くらいですかね、まだまだいけるか・・・!?

 このイラストをアップする丁度一年前の2008年8月5日はちょっとした記念日でして、たわいも無いことなんですけど、私が天子を描くためにペンを握り始めた日なんです。一周年絵がこんなイラストになるとは予想もしていませんでしたが、そもそもイラストを描き始めることなんてもう2度とないと思っていたんですよね、いやはや。

 というわけでこの一年とさらにその以前の経歴を、過去のイラストとともに振り返ってみたいと思います。備忘録というか、自分語り多めなので興味の無い人はスルー推奨!

<小学生時代>
 友人がロボット漫画を描いているのを知って、自分も仲間に入れてもらったのがお絵かきとの出会い。今考えるとこれって同人活動だったんだなぁwしかしあまり絵は得意でなかったので、ネタを提供したり漫画内に自分のキャラを登場させてもらったりしていました。ちなみに私のアバター的なキャラクターの名前が「ガルベロス」で、漫画のタイトルが「だんかぢ」、そこからHNやサークル・サイトの名前をとりました。
 で、ある日のこと。私の数少ない知能と技術を振り絞って描いたロボットを見た友人の一言「それはないわ」。いや、傑作じゃん!?と思ってもう一回見てみると、もうそこにはあのかっこよかったはずのロボットの姿は無く、それ以来私はもう落書きすらしなくなってしまいました。


<高校生時代>
 私の入った高校は芸術科目は音楽・美術・書道の中から選択する形式で、私はあのトラウマのせいで絶対美術だけはやめようと音楽を選択しましたが、不運なことに抽選漏れで美術に。そしてこの高校の美術の担当の先生というのが校外でも有名なほど厳しい先生で、「俺の言うこと聞かなかったやつはみんなすぐ死んだ」の一言は今でも覚えています。この先生一人で学校の風紀が保たれているといっても過言ではないほどの恐怖政治。しかし実際授業を受けていて気がついたのは、その恐怖は真面目さと熱心さの裏返しであって、決して悪い先生ではないということでした。
 で、この先生の出す課題で有名なのがデューラーの模写。エッチングの細い点を模倣しつけペンで延々と打ち続ける課題は半年にわたる過酷なもので、腱鞘炎になる人もでたとかなのとか。私の評価は4/5でしたが、やりとげたという快感は底知れないものでした。(特定されそうでここらへん書くのが怖いw)
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 (クリックでイヤになるほど拡大、pixivにupしたほうが画質はいいかも)
 この模写以外にも、文字を書くバランス、フォントなど美術的なことに関する多くの影響をこの先生から受けました。それだけでなく、県内の大学に進学しようとしている私を「一生県内にいるつもりか、大学くらい外に出てみろ」としかりつけ、結果それが県外への進学につながり、同人を共にする仲間との出会いにつながったのでした。


<大学生活>
 大学はクラスもなく、サークルに入らなければなかなか友達はできにくい環境といわれていますが、私は運よく出席番号が近く講義で席をともにしやすいこすもさんYOさんと知り合うことができました。彼らはすばらしいほどのオタク(ホメ言葉)で、しかもイラスト・漫画を描いていたのでした。ぬるオタの私にとっては、同人活動なんて(消費は出来ても)別次元のように思っていて、彼らに勧められてpixivに加入したときも、ROM専でしかもそのうちログインすることもなくなるだろうと高をくくっていたのですが・・・。
 緋想天が発売された2008年5月、それからネット対戦にのりこみ、すっかり天子厨になった7月ごろ。こすもさんに「天子描いてくれよー」と懇願してようやく一枚イラストを描いていただきました。それには飽き足らずさらに天子絵を要求するわたしにこすもさんは一言「自分で描けよwwwww」・・・!?確かに。同人を知ってから、心の中で「いつか自分も描いてみたいなぁ」と思いつつ、やっぱりそれは無理だと諦めていたのですが、彼の何気ない一言のおかげで私はふたたびペンを握ることになってしまったのでした。しかし言葉の一つで挫折したり立ち上がったり忙しいことこの上ない。


<2008年8月初旬>
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 高校時代のつけぺんとインクで初描き。当時は某絵師の影響とお金のなさもあって、トーンや色ペンすら使う予定も無く網掛けでがんばっていました。今でもこの描いたあとのざらざら感は好きです。
 絵柄だけでなく構図等も色々な方の絵を拝借している所もありますが、特に輪郭や紙の描き方は誰に習ったわけでもない自分なりのオリジナルだったはずです。今の絵と見比べるともう完全に別物なんですが、これはこれで味がある・・・かな?

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 小学校以来久しぶりに4コマに挑戦。当時のキャプションには「ネタに1時間、下書きで3時間、ペン入れで4時間。どう考えても時間とクオリティが比例していません、本当にありがとうございました」。


<2008年8月中旬~9月>
 ただ闇雲に描くだけではダメだということに気がついて、とりあえず好きな絵師をまねして描いて、それを自分の絵柄と融合させる試みをしてみることに。ちょうこの時期PCが壊れて修理に出していて、TVも無く新聞も休止、一切外界と切断された部屋で数週間バイトとお絵かきに熱中していました。
 この時期の絵は最初期の絵と違って、今では見るに耐えられません。試行錯誤が見て取れて痛々しいというか、単に絵柄が気持ち悪いというか。左向きの天子の顔が延々と数十ページ続くスケプを見ていてへんな汗がダラダラ。
 そんな甲斐もあってようやく固まってきたのが下の絵。
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 ・・・こ、これでもだいぶマシなの選んだんですよ?友人二人には「ずいぶん変わったな」「前のほうが良かった」と不評でした。当時は自分の絵に特に不満もなかったのですが、今考えると確かにその通りだったかもしれませんw
 スケブを見返すと、パーツの線のひとつひとつに比率がメモされていたり角度が指定されてたりで、自分は定規と分度器でイラストを描こうとでもしていたのか、というほどガッチガチな絵でした。臨機応変な絵がかけない自分なりの苦肉の策だったようですが、今でも残っている私の悪いクセが表れているように思えてなりません。


<2008年10月~2009年1月>
 ねんがん の おえかきそふと と ぺんたぶ を てにいれたぞ !
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 というわけでデジタル漫画やカラーイラストにまでたどり着きました。前者はコミスタ、後者がsai。お絵かきソフトといえばペイントだったころが懐かしい(今でもたまに使うんですがねw)。

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 デフォルメも板についてきたのか、かわいく描くように意識が出来てきたような気がします。しかし手や足の書き方はまだまだ固まらず不安定。
 そうえばこのころからpixivで徐々に閲覧数も増え、交流も少しずつですが増えていきました。


<2009年2月~4月>
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 描き始めて3ヶ月足らずで無謀にも申し込んだ例大祭の当落がようやく発表され、友人二人と合同サークル「バナナカレー」も受かってしまいました。しかし発表の遅さと学校のテストで時期が悪くなかなか原稿が進まず、締め切り一週間前はほぼ徹夜続きという始末。しかしなんとか無事入稿でき、イベント当日も本を少数ながら完売するに至ったのでした。
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 (出すのが昔過ぎて原稿と全く絵柄の違うサークルカット)
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 (コミスタをまさに試行錯誤しながら制作した原稿)
 このイベントを前後して、多くのサークルの方と交流を持つことができました。イベントの楽しさも含めて、またイベントに参加したい、もっと絵を描きたいという思いに駆られるのでした。

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 そして聖地巡礼も兼ねて、漫画の資料にするためにあちこちの神社へデジカメ片手に旅行したり。漫画を描くようになって以外とオフでも活発になったようです。


<2009年5月~7月>
 ビタワンさんのお誘いで合同誌に参加するために原稿を描いている最中、ふと思いつきで輪郭や髪の書き方、等身などをいつもと違うふうに落書きしてみたそのとき、ガルベロスに電流が走る!その結果完成していた原稿の半分を破棄し書き直した結果がこちら。

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 ↓一ヶ月足らずで・・・
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 違いが伝わってもらうといいんですが、もう自分の中ではかなり衝撃的でして、それまでずっと抱えていた自分の絵の不安定さが一つ解決したと思えるほどでした。

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 で、この変化自分の実力を最大限発揮して描いたこのイラストが、当時のpixivでの自己最高記録をたたき出し、ようやく自分の絵に自信がもてる実感がわいたのでした。
 と思ったのもつかの間で、また自分の絵が気に入らなくなりペンが握れなくなったと思えば、数日後にはまたお絵かき楽しす状態になったり、絵柄だけでなくメンタル面も不安定なのでした。


<今>
 そんなこんなで、天子を描き初めてなkらようやく一年がたったわけです。
 正確には漫画を描いたのはもう10年以上前なのですが、それからのブランクが長すぎて、ほんと自分は今までなにをやっていたのかと後悔しきりです。
 それにしても一年の流れは変化とも成長とも進化ともどう形容していいのやら。見返してみると、今の絵柄は最初期や初期の絵柄にほんの少しですが回帰したようにも思える箇所がチラホラ。なんだか感慨深いですね。

 一年間私が描きつづけて来れたのも、きっかけでもあった二人の友人と、pixivやイベントで知り合った多くの仲間の方々のおかげです、ありがとうございました。今後もどうか宜しくお願いいたします。


 また、ここまで長い一人語りを読んでくださった方もお疲れ様でした。
 機会があれば皆さんのイラストの変遷も見てみたいです(^ω^)一緒に悶絶しませんか?

■コメント

■Re: all those years ago [hukumo]

ガルベロスさんの歴史だ!
けーね先生といっしょにもぐもぐしますn(

イヤァ
努力でここまでかわるのですか~
いやはや 勇気をもらいました。
自分も頑張らねば!

ガルベロスさんの黒歴史おいしかったです^q^(おい
じ・・・自分の歴史?
blogが黒歴史の塊です・・・・

■Re: all those years ago [ガルベロス]

>hukumoさん
けーね先生がいなくともスケブは捨てるなり燃やすなりできます。
でももう2度と見たくないといいつつ捨てることはできないんですよねwやっぱり自分の歩んできた道はどうやっても否定できないものです(なんか恥ずかしいこといってるなw)
ちょっとhukumoさんのブログはじめから読み直してくる(ぉぃ

■Re: all those years ago [nokoo]

一年で上手くなりすぎワロタwww
>自分は定規と分度器でイラストを描こうとでもしていたのか
パーツの比率は大事ですよ。その瞬間は下手だと感じていてもそういう努力の積み重ねが後々役に立ったり。
やっぱりただ描いてるだけじゃだめなんだとつくづく感じました。ろくに練習してない自分が恥ずかしいです。

ああ、それから最初の絵はぜんぜんFU-KENZENじゃないと思いますよ。エロスは人を進化させるから、もっとやって欲しいですwww

■Re: all those years ago [ガルベロス]

>nokooさん
人は変わるんだなぁと身をもって知ることが出来ました。

これでFU-KENZENじゃないだと・・・。
でも逆に服を着せないことで、いかに自分が服で人体をごまかしてきたかがよくわかったので、エロスはともかく今後ちゃんとした人体の練習はしたいですね!

■Re: all those years ago [ビタワン]

熟読させていただきました…って
まだ描き始めて一年…だってェ!?
画力の上昇加速度がハンパないですw
露出が多い=HU-KENZENとは限りませんよwデッサンの練習だと思えば!

■Re: all those years ago [ガルベロス]

>ビタワンさん
ここまで成長できたのも、pixivで支えてきてくださったみなさんのおかげです!

うう、しかしさすがえっちな絵を沢山描いている方々の声は厳しいww自分にとってはもう切腹物の絵だったのですが、ビタワンさんたちにすればおこちゃまも同然でしたねwwちゃんと練習を始めようかな・・・(ただしアップはしません!まさに外道!)。

■Re: all those years ago [ゼラチン玉]

うひゃあ、凄い!!

こんなに短期間でここまで進化するなんて…参りました(何に
自分もこのくらい進歩したいなぁ。改めて「絵が描きたい」と思わせていただきました。ありがとうございます!!

■Re: all those years ago [ガルベロス]

>ゼラチン玉さん
進化・・・なのかなぁ、変化はしてますがww
私の絵を見てそう思っていただければ幸いです!というかそう思ってもらえる日が来るだなんて、うれしい!
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プロフィール



name:ガルベロス

比那名居天子とプログレッシブロックとMTGが主食。

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